2013
Mar
21
0
イラつかないために・・・
イライラします。
遅刻する。
ドタキャンする。
ちゃらちゃらやってる。
色々あります・・・・・
遅刻する。
ドタキャンする。
ちゃらちゃらやってる。
色々あります・・・・・
代表者や監督をやっていると特にです。
ただ、ここで切れてはいけないと思い我慢するわけです。
細かく言えば、道具を運ばない。
メールが遅い。
トンボをかけない。
声を出さない。
代表者ならではの注意したいことがたくさんありイライラしてしょうがないです。
このイライラ・・・・意味がありません。
やめましょう。
でも火の玉さん、イラつくんですよ。
注意してもなおらないんですよ。
イラつくしかないじゃないですか?言ってやらないとわかりませんよ?
ご自分でもわかっているじゃないですか?
なおりません。
言っても無駄です。
理由を説明します。
人は自分が間違っているとは思っていません。
何があっても自己正当化というシステムがその人に発動します。
例えば万引きをした子供は金がないから仕方ないと言う。
主婦は平凡な毎日でスリルがあってやめられなくなったと言う。
これは1例ですが、私が悪かった、すいませんと表面上いうだけなのです。
いじめをした子供、いじめられるような態度がいけないと開き直ります。
さあ犯罪者までレベルを上げます。
外国の話で15人惨殺した犯罪者は死刑の前にこう言いました。
「私は、人を殺せないやさしい心の持ち主です。そんな私をまわりが変えた。
私は私をバカにする人々に殺人者にさせられたのです。」
こんな犯罪者ですら、自分のことは悪いと思っていないなら、普通に生活する私たちは
当然、悪くないと考えてしまうのが自然なのです。
ということはあなたが注意しても心の中では、「うるせえな。細かいこというなよ」って思っています。
人はされたことをやりかえそうとすることを考えます。
怒られたら、いつか言いかえしてやろうと思いその人が間違えるのを待っています。
言われたことなんて覚えていません。
やり返すことで頭がいっぱいです。
これが投げかけたものが、帰ってくると言います。
あなたが怒れば怒りが返ってくる。
あなたがやさしければ、やさしさが返ってきます。
火の玉さん、言ってることはわかりますが納得がいきません。
じゃあ甘やかして好き放題やらせるということじゃないですか?
まあそういうことです。
だけどそうはなりません。
好き放題になり荒れ果てたりはしません。
これは後で説明します。
まずはイラつかない方法です・・・
すべてを想定内にすること。
遅刻するだろう。
メールはこない。
ドタキャン?やっぱりそうか、一人足しておいてよかった。やると思った。
やらなくていい。俺はお前たちの全部を許すと決めきること。
ただ心の中でやってくれたら助かるなと思っていること。
鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス。
人は想定外の出来事でイラつくのです。
想定外の出来事は簡単なことでもイラついてしまいます。
例えば急に降ってきた雨。
歩いていたらつまずき転ぶ。転ぶ予定じゃなかったから、くそっっ!て思ってしまいます。
やってもらえるはずが、やってもらえないからイラつくのです。
だから計算しない、想定しないこと。
気にしないのではなく、気にならない状態にする。
すべてを想定内にして許す。
もしもイラついた場合、自分にこう言ってください。
なぜ、これを想定内にしておかなかった?俺もまだまだだね。
もっともっと器を広げよう。次から気を付けよう。
これが出来るといつも笑っているわけです。
悪いところは想定内にして許し、いいところだけを褒めています。
いつも空気がいいわけです。
いい雰囲気を作れているチームは強いのです。
強いチームは一人一人が自立してやるべきことがわかっているため、言わなくても動くのです。
この人を胴上げさせたいと思われる人になる。
そして何より優勝するチームにふさわしい監督になることです。
そこにふさわしい人格を持った人こそ、優勝するのです。
トップがふさわしい人格を持っていればチーム全体がふさわしいチームになります。
後で説明しますと書きましたが、もう必要ないかもしれません。
すべては監督、代表者の人となりです。
罵声を浴びせる監督がいれば、何かと雰囲気を悪くする言葉を発するキャプテンが
ついて行きます。
お前のここが悪いという代表者のもとには、くそ代表と文句を言う選手に囲まれます。
だから、また言う。選手はやらずにやり返す。
あえて、やってほしいことだけはやらないと決めています。
すべて逆。許し寛容になること。我慢することではありません。
想定内にして気にしないレベルになる。
濡れたっていいよって思って外に出れば、雨か?って思うだけで、そのまま普通に歩くのです。
そのうち雨はやんで、今までと変わらない。
私たちは「おい、なんで降るんだ!雨、やめ。雨やめ(怒)」としょうがないことを言います。
現象は変わらないのです。
あなたに逆らう人は従う人には変わらないのです。
今のあなたの投げかけをやさしさに変えない限り、
あなたのチームは生産的仕事はしてくれないみたいです。
ちなみにやさしさの意味ですが小林正観さんはこう言っています。
上の者が下の者に対して、その権力を行使しないことを
やさしさと言う。
上司が部下に。
先生が生徒に。
親が子供に。
監督が選手にその権力を行使しないことをやさしさと言います。
親だから言わないと、上司だから言わないとというのは上からです。
人はみんな、人として対等に扱われないと嫌なのです。
いつも目線は同じく決して上からにならず尊重して対等に接することで、相手は
監督なのに自分をこんなに見てくれていると思うようです。
まずは出来事にコントールされずに、すべてを想定内に入れてください。
そこから出来事を自分の思うようにコントロールしていくのです。
ただ、ここで切れてはいけないと思い我慢するわけです。
細かく言えば、道具を運ばない。
メールが遅い。
トンボをかけない。
声を出さない。
代表者ならではの注意したいことがたくさんありイライラしてしょうがないです。
このイライラ・・・・意味がありません。
やめましょう。
でも火の玉さん、イラつくんですよ。
注意してもなおらないんですよ。
イラつくしかないじゃないですか?言ってやらないとわかりませんよ?
ご自分でもわかっているじゃないですか?
なおりません。
言っても無駄です。
理由を説明します。
人は自分が間違っているとは思っていません。
何があっても自己正当化というシステムがその人に発動します。
例えば万引きをした子供は金がないから仕方ないと言う。
主婦は平凡な毎日でスリルがあってやめられなくなったと言う。
これは1例ですが、私が悪かった、すいませんと表面上いうだけなのです。
いじめをした子供、いじめられるような態度がいけないと開き直ります。
さあ犯罪者までレベルを上げます。
外国の話で15人惨殺した犯罪者は死刑の前にこう言いました。
「私は、人を殺せないやさしい心の持ち主です。そんな私をまわりが変えた。
私は私をバカにする人々に殺人者にさせられたのです。」
こんな犯罪者ですら、自分のことは悪いと思っていないなら、普通に生活する私たちは
当然、悪くないと考えてしまうのが自然なのです。
ということはあなたが注意しても心の中では、「うるせえな。細かいこというなよ」って思っています。
人はされたことをやりかえそうとすることを考えます。
怒られたら、いつか言いかえしてやろうと思いその人が間違えるのを待っています。
言われたことなんて覚えていません。
やり返すことで頭がいっぱいです。
これが投げかけたものが、帰ってくると言います。
あなたが怒れば怒りが返ってくる。
あなたがやさしければ、やさしさが返ってきます。
火の玉さん、言ってることはわかりますが納得がいきません。
じゃあ甘やかして好き放題やらせるということじゃないですか?
まあそういうことです。
だけどそうはなりません。
好き放題になり荒れ果てたりはしません。
これは後で説明します。
まずはイラつかない方法です・・・
すべてを想定内にすること。
遅刻するだろう。
メールはこない。
ドタキャン?やっぱりそうか、一人足しておいてよかった。やると思った。
やらなくていい。俺はお前たちの全部を許すと決めきること。
ただ心の中でやってくれたら助かるなと思っていること。
鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス。
人は想定外の出来事でイラつくのです。
想定外の出来事は簡単なことでもイラついてしまいます。
例えば急に降ってきた雨。
歩いていたらつまずき転ぶ。転ぶ予定じゃなかったから、くそっっ!て思ってしまいます。
やってもらえるはずが、やってもらえないからイラつくのです。
だから計算しない、想定しないこと。
気にしないのではなく、気にならない状態にする。
すべてを想定内にして許す。
もしもイラついた場合、自分にこう言ってください。
なぜ、これを想定内にしておかなかった?俺もまだまだだね。
もっともっと器を広げよう。次から気を付けよう。
これが出来るといつも笑っているわけです。
悪いところは想定内にして許し、いいところだけを褒めています。
いつも空気がいいわけです。
いい雰囲気を作れているチームは強いのです。
強いチームは一人一人が自立してやるべきことがわかっているため、言わなくても動くのです。
この人を胴上げさせたいと思われる人になる。
そして何より優勝するチームにふさわしい監督になることです。
そこにふさわしい人格を持った人こそ、優勝するのです。
トップがふさわしい人格を持っていればチーム全体がふさわしいチームになります。
後で説明しますと書きましたが、もう必要ないかもしれません。
すべては監督、代表者の人となりです。
罵声を浴びせる監督がいれば、何かと雰囲気を悪くする言葉を発するキャプテンが
ついて行きます。
お前のここが悪いという代表者のもとには、くそ代表と文句を言う選手に囲まれます。
だから、また言う。選手はやらずにやり返す。
あえて、やってほしいことだけはやらないと決めています。
すべて逆。許し寛容になること。我慢することではありません。
想定内にして気にしないレベルになる。
濡れたっていいよって思って外に出れば、雨か?って思うだけで、そのまま普通に歩くのです。
そのうち雨はやんで、今までと変わらない。
私たちは「おい、なんで降るんだ!雨、やめ。雨やめ(怒)」としょうがないことを言います。
現象は変わらないのです。
あなたに逆らう人は従う人には変わらないのです。
今のあなたの投げかけをやさしさに変えない限り、
あなたのチームは生産的仕事はしてくれないみたいです。
ちなみにやさしさの意味ですが小林正観さんはこう言っています。
上の者が下の者に対して、その権力を行使しないことを
やさしさと言う。
上司が部下に。
先生が生徒に。
親が子供に。
監督が選手にその権力を行使しないことをやさしさと言います。
親だから言わないと、上司だから言わないとというのは上からです。
人はみんな、人として対等に扱われないと嫌なのです。
いつも目線は同じく決して上からにならず尊重して対等に接することで、相手は
監督なのに自分をこんなに見てくれていると思うようです。
まずは出来事にコントールされずに、すべてを想定内に入れてください。
そこから出来事を自分の思うようにコントロールしていくのです。