2014
Jul
17
5
走っているときに、何を考えたり意識していますか?
最大ミッションってありますか?
簡単に言うと、自分が人生でゴールはここだと決めている場所の設定です。
ここ大事なんですが、ここがしっかりしていないと表面上で頑張るぞってしても、すぐに奥の自分がやめようってなります。
例をあげます。
私たちは、規則正しい生活をして、暴飲暴食をしないことが正しいことを知っています。
だけど実際は、夜遅くまで飲み明かして、テレビをつけたまま寝ます。
布団まで行かずに疲れを残します。
適度な運動をして、野菜中心の生活をするのがいいことを知っています。
ですが、運動はせずに、ポテトチップス、ビール、肉を食べます。
さて、走らなきゃいけないことも知っています。
だけど・・・・・・・・・
だけど、わかっているんだけど、出来ないんですよね?
前回の記事で、「自分はダメな人間です」って思っていると、「ほらダメじゃん」って納得する人生にするって書きました。
表面上で、がんばるぞってやっても、根本が「ダメです」だと出来なかったことで「ほらダメじゃん」にしっかり辿り着くように生きてしまいます。
奥から自分の自己紹介を変えないと、何をしたって「ほらダメじゃん」になるんです。
そこのメソッドは今回は置いておいて、走るときに何を考えていますか?という質問です。
以前もお話ししましたが、私は走ることが嫌いでした。
過酷だし、地味だし、効果もなかなか出ないし。
そこには優勝したい、勝ちたいという思いで、やったりやらなかったりです。
走らなきゃいけないのはわかってはいるけど、走れない。
そして負ける。
もう負けたくないと思って、また走る。
いつしかそんな悔しさも薄れていって、気がつくとまた休み、負けるまでビールと肉に戻ってる。
うだつの上がらないサラリーマンってやつに似てる気がします。
人間は正しいことを知っていても、その行動は取らない。
ここで大事なのがミッションであり、ゴール設定・・・
正しいことを正しい姿勢でちゃんとやればいい。
電車に乗っている人に、「どこへ行かれるんですか?」と聞かれて、「わからないんです」って答えてるのがあなた。
だから走らなきゃいけないのはわかっていても、それをやる意味と価値がわからないからやめてしまう。
どこで降りるかもわからないあなたは、電車に乗って移動する意味すらわからない。
みんなが降りたら降りてみようって言う人生になってる。
これが、ミッションのない人生。
だから何となく、これをやるべきってのは知っているけど、やってどうなるの?って奥のあなたが思うわけです。
やらなくてもいいんじゃないって思う。
そして実際、やらなくても生きていける。
そうなっちゃうから、ゴール設定。
私はここに行きたくてこの電車に乗ってます。ここに着いたら、ここで降りますと決めておく。
これ、当たり前ですよね?
スナフキンじゃないんだから、電車に乗ったら降りる場所と行く意味を決めておきましょう。
さて、火の玉のミッションは?・・・
すごく簡単。
超シンプル。
「今、幸せで在る人生にする」
これだけです。
たくさんの人を救いたいとか、そう言うきれいごとはありません。
やっぱりどこか奥に自分が良ければいいって思ってます。
偽善者でいることが多いです。
だから自分に愛をたくさん注ぎます。
そこから満たされ過ぎて、溢れた部分があって初めて人助けです。
私は自分を犠牲にして、つらいのに頑張って人のためという人間ではない。
そんなにかっこ良くなくていい。
だから走るのも、いつだってやめる。
今、幸せじゃなければ、すぐやめます。
昔のように、過酷だと思う自分がいるならば、堂々とポテチとビール。
走りません。
降りる駅が違います。
幸せだから走る・・・
やっとここまで来ました。
ミッションと照らし合わせて、納得の行動を取っていく。
走ると幸せになる理由もきっちり探しています。
何度も書いていますが、初めての方もいるので書きます。
1、毎日、45分以上運動をする人は、人生の満足度が高かった。
2、走ることで脳からエンドルフィン的なスーパーな物質が出るそうです。むずかしいことは書きません。
このスーパーな物質を出した方が、人は幸せを感じる。
3、走る時間があると感じるだけで、私には時間に余裕があると思えます。
「時間がない」と生きる人より、時間に余裕があると思って生きる人の方が幸せであった。
これら全部、大学の研究結果で出ています。
走った方が幸せならば、ミッションに照らし合わせて自分の選択は走った方がいいとなります。
ちなみに話はそれますが、人は人助けをすれば時間がないとは感じない。
少しでも、寄付をすればお金がないとは感じないそうです。
お金があって時間もあると感じられる人は、同じ年収でも幸福度には差があった。
私が寄付をして人を助けるのは、自分の幸せのためでもあるということです。
人にやさしくするのも、そうした方がミッションに忠実だからです。
走るときに、何を考えていますか?・・・・
ほら、幸せじゃんって思ってます。
日差しを見て、きれいだなって感じたり、輝く草木を見て癒されてます。
咲いている花に「ありがとう」って波動を出してます。
途中、つらいと思ったら、ちゅうちょなく歩いてます。
だから100キロ失敗したんだよって話も出ています(笑)
今です。
今、幸せじゃないことは一つもしていません。
ストレスを感じることも幸せの一つ。
のどがカラカラだからビールがうまい。
この、のどがカラカラからビールまでがワンセットの場合もある。
仕事があるから休日が輝くという考え方。
このストレスは受け入れるというものが、もちろんあります。
走りながらオーディオブックを聞いて、仁之助さんハンパね~と思ったのは今週です。
いろいろやってます。
もろに自然を感じたり、頭から水をかぶったり、海を目指して水着のお姉さん!とエロパワーのみで走ったり、あのパン屋さんのパンを食べようと走って行ったり、幸せを感じる目的と共に走ります。
走ることで人生の彩をより豊かに出来るなら、ランニングを始められることをお勧めします。
こんなですから、いつになったらウルトラマラソン完走の報告が出来るのやらと思います。
それでも昔の私のように、「過酷だけどやらないといけない」だと、そこからどんなにポジティブなイメージをして走っても、「ほら、やっぱりダメじゃん」になってしまいます。
まずは奥の自分と1番したいことについて、しっかり対話した後で行ってください。
ありがとうございました。